




◇2026-04-16 (木)
2026年3月24日、志賀直哉旧居にて、
「高畑の歴史と風土を語る集い」代表の大槻旭彦氏を講師に迎えた公開講座が行われました。
テーマは「志賀直哉旧居と高畑について」です。
高畑の志賀直哉旧居は、かつて春日大社の社家富田家の屋敷跡に建てられたものです。
今回の講座は、この場所の歴史背景について、春日大社と社家の成り立ちから紐解きます。
明治政府の廃仏毀釈により、奈良の興福寺を始めとした全国の寺院が窮地に立たされたのは周知のとおりです。
しかしその影響は、寺だけでなく神社にも及びました。
国家神道体制への移行に伴い、神職の世襲制は廃止され、神社は政府の管理下に置かれることになります。
その結果、代々春日大社(当時は春日神社)に仕えてきた数千人に及ぶ社家の関係者は失業し、この地を離れていきました。
こうして社家の町としての高畑は一時衰退しますが、
大正時代に入ると、その閑静な住環境が画家や文人たちの注目を集めるようになりました。
1929年、かつての社家・富田家の屋敷跡地を購入したのが志賀直哉です。
彼はここに自ら設計に関わった和洋折衷の邸宅を建て、家族8人と共に9年間の歳月を過ごしました。
志賀直哉旧居から春日大社へと続く、原生林に囲まれた「ささやきの小径」。
元々は「禰宜(ねぎ)道」と呼ばれていました。
禰宜とは神職の職名の一つであり、かつて神官たちが春日大社へ通った「通勤路」であった名残を、その名に留めています。
大槻旭彦氏の著書です。「奈良高畑界隈-その歴史と伝承-」(増補版)
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⋯とこころで、色んな顔を持つ大槻旭彦氏は、伝説の喫茶店「可否茶座アカダマ」のマスターでもありました。
私が10数年前に引っ越してきたころにちょうど閉店したので、私のなかでは伝説以上に神話になっています。
現在、そこはカフェBAR「ことのまのあかり」が営まれ、奈良ファンの新たな聖地として定着しています。
その経緯について、大月氏曰く「あの人達なら後を任せられるなー、と思ってね」とのことでした。