学校法人奈良学園

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◇2025-11-20 (木)

【志賀直哉旧居特別講座 白樺サロンの会《戦後80年を迎えて 奈良の美術と戦争》を開催】

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 奈良学園セミナーハウス・志賀直哉旧居にて、特別講座「白樺サロンの会 戦後80年を迎えて 奈良の美術と戦争」が開催されました。講師は美術と戦争の関わりを20代から研究されている、美術史家であり愛知県美術館館長の平瀬礼太先生です。


 先生によると、1937年の盧溝橋事件以降、日本では一般市民にも「戦争に寄与するべき」という風潮が強まりました。奈良美術家聯盟の洋画展でも、軍用機献金を目的とした即売が行われ、当時の大阪朝日新聞奈良版の記事とともに、その盛況ぶりが紹介されました。出品作は風景画が中心で、西洋的なイズムにとらわれず、先鋭的でもない、誠実に描かれた作品が支持されたそうです。


 戦場では、奈良県出身の彫刻家・鷲塚與三松が一般兵として支那戦線で壮烈な戦死を遂げました。彼を弔うため、遺作木彫「不動」「観音」が展覧会で特別陳列されると、開館と同時に観覧者が詰めかけたといいます。また、落下傘部隊など戦場を題材とした作品も人気が高く、それらが陳列された展覧会は記録的な入場者数を記録しました。


 1943年には女流画家の活躍も目覚ましく、平田菊栄(当時28歳)は、野戦の勇士の心を意識し、郷土の冬景を描いた「冬暖か」で女流画家作品展の「推奨」を受けました。軍人肖像画の需要も高まり、遺族に贈られたほか、東郷元帥と乃木将軍の肖像画がヒトラーとムッソリーニに贈られることもありました。同年末には、美術・工芸作品の制作資材が査定・配給制となり、作家は作品提出と査定を求められる事態にまで及びました。


 戦中に活躍した奈良の代表的作家には、軍鶏を描いた山下繁雄、風景画の小野藤一郎、そして現在は宇陀市に展示されている、柿本人麻呂をモチーフとした「阿騎野の朝」を描いた中山正實らが挙げられます。


 終戦後は、日本文化の理解者であるワナー博士の師・新納忠之介氏、そしてハーバード大学でワナー博士の講義を聴いたケアレム中尉らを中心に、進駐軍と奈良の美術愛好家との交流が始まりました。


 古美術に比べて注目されることが少なかった奈良の近代美術ですが、参加者からは「知らなかった奈良の画家を知り、とても興味深かった」「とくに、宇陀市の『阿騎野の朝』は、ぜひ見に行きたい」などの声が寄せられました。


 この講座が開かれた志賀直哉旧居は、志賀が戦争の時代を静かに見つめ、社会の変化や緊張の中で自らの表現を問い続けた場でもあります。激動の時代を生きた作家の生活の場で学ぶことで、戦争と美術をめぐるテーマが、より深い実感をもって胸に迫る時間となりました。

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