




◇2025-09-15 (月)
奈良学園セミナーハウス・志賀直哉旧居にて、特別講座白樺サロンの会「泉鏡花『外科室』を読む」を開催しました。
講師は帝塚山大学文学部教授の西尾元伸先生です。
冒頭で西尾先生より、小説『外科室』のあらすじが紹介されました。
伯爵夫人が手術を受ける場面を中心に描かれる短編ですが、わずかな描写の中に込められた心理的な奥行きが、泉鏡花を新々作家として一躍世に知らしめる契機となったそうです。
続いて、作品の表現形式の特性についても触れられました。
作家は決して頭の中だけで作品を紡ぐのではなく、身近な現実から題材を拾い上げ、その断片を物語に織り込んでいくそうです。
小説は映画や絵画のように直接「絵」で見せるものではなく、言葉による「語り」が物語の世界を支える重要な要素であり、その語り手の位置や役割によって読者の解釈は大きく変化するのだと教えていただきました。
『外科室』の読み解きにおいて、伯爵夫人が胸を切られることをためらったのは、心に秘めた秘密をメスで暴かれたくなかったからと考えることができます。
また、手術台の上で伯爵夫人が高嶺医師の手に触れ、互いに見つめ合う一瞬には、社会から隔絶された二人だけの世界が浮かび上がり、息をのむような孤高の気配が漂います。
こうした場面は多くの評論でも取り上げられてきましたが、どの視点に光を当てるかによって、物語は全く異なる姿を見せるのだと改めて気づかされました。
さらに先生は、この作品の背後にある時代的背景にも言及されました。
結婚制度や社会規範に縛られることへの反発が、当時の人々の心の奥に潜んでいたこと。それが、伯爵夫人と医師との禁じられた交流に読者が強く共感した理由の一つでもある、と解説されました。
旧居の庭は、秋の訪れを静かに待つように佇んでいました。
緑の葉の合間に硬く芽吹こうとする新芽のふくらみは、まるで伯爵夫人の胸奥に秘められた思いのように、まだ言葉にはならぬ気配を感じます。
小説の世界と現実の景色が重なり合い、受講者には作品の余韻とともに、時代を越えて響く人間の心の真実を感じ取ったひとときとなりました。