◇2024-06-26 (水)
6月も後半に入ってやっと梅雨前線が活発化し、長く乾いた空気に晒され続けていた旧居の庭も潤い始めています。
中庭では力強く天を仰ぐクロガネモチ(黒金餅)やカエデ(楓)、マキ(槙)などの木々の葉はもちろん、岩や木に絡む蔓植物、絨毯のように覆う苔にも、雨の恵みに潤った安らぎの緑景を見ることができます。
旧居の廊下から腰高窓を通して中庭に目をやると、植木の枝と葉の隙間を通して茶室が見えます。雨の日の霞んだ中庭の風景は、まるで志賀直哉が活躍していた時代にタイムスリップしたかのような幻想的な空気を感じさせます。
志賀直哉がここ旧居で執筆した『暗夜行路』の中で、中庭は重要な役割を果たしています。
例えば「その家の中庭に面した廊下をぶらぶら歩いていると、庭の一隅に紅葉の木があった。その紅葉の葉が色づいてきているのを見つけた時、謙作は初めて秋の訪れを感じた」「謙作は中庭の縁側に座り、ぼんやりと庭を眺めていた。庭の草木が風に揺れるのを見ていると、彼の心の中の不安が少しずつ消えていくような気がした」など、中庭の描写を通じて、その美しさや静けさと同時に主人公である時任謙作の内的な混乱や苦悩が浮き彫りに描かれています。その描写は、まさに旧居の中庭の様子そのものであり、ここに志賀直哉が住んでいた当時、彼の生活や作品に中庭が重要な役割を果たしていたと思われます。
日本建築における中庭は、構造的に外部からは見えず安心して過ごすことができ、家族や個人のプライバシーを確保できる空間としての役割があるようです。同時に中庭は精神的な浄化の場としても機能していると言われています。
庭の自然の要素が心身をリフレッシュさせ、精神的なストレスや心配を和らげる効果があるようです。また、中庭に面したスペースに茶室を設けているのは、自然との調和を身近に感じる中庭の風景が、訪問者に日常とは切り離された感を演出し清浄な心を促す役割を果たすからだと思われます。
おそらく中庭は、志賀直哉が内面の自己と対峙しながら執筆活動を続けるのに役割を果たしたに違いありません。