◇2023-01-23 (月)
旧居の庭に雨が降っています。雨の中を訪問されたお客様から「雨の情景が似合う奈良の道を、春日大社から冬の雨の空気を楽しみながら歩き進むと、気づくとここに辿り着きました。まるで志賀直哉先生からお招きいただいたかのように思え、不思議な感じです」と、お話をいただきました。
志賀直哉の小説に雨の情景が登場することは比較的少ないようです。ただ、赤城山の大沼で過ごした一夜を描いた作品と言われている『焚火』(1920年)の冒頭に、「その日は朝から雨だった。午(ひる)からずっと二階の自分の部屋で妻も一緒に、画家のSさん、宿の主のKさん達とトランプをして遊んでいた」というくだりがあります。実際に志賀直哉も小説を執筆する時だけではなく、今日のような雨模様の日には、同じように室内で過ごすことも多かったようです。雨天の日の庭の葉に当たる雨粒の音を聞きながら、いろいろと思いに耽っていたに違いありません。
先ほどまで降っていた雨がようやく上がり始めたので庭に出ると、足元に敷き詰められた杉苔が、雨水に生命エネルギーを与えられ黄緑色に映えています。梅の枝には、雨粒が無数にぶら下がっています。雲の狭間から漏れ始めた太陽の光を映し、星を枝に散らしたかのように、雨粒がキラキラと煌めいています。旧居の池の水面はもちろん、庭の土のちょっとした窪みに出来た水たまりにも、水の鏡を通して、上下逆の不思議な庭風景が広がっています。地味な色合いの庭風景の中で、山茶花(サザンカ)の花だけが、雨に洗われ艶やかな色彩を魅せてくれていました。
まだまだ2月は寒気が厳しい日々が続くと思われます。人々が厚着をしながら寒さに丸くなっている間に、庭の植物たちは、春に向けて花芽を膨らませているようです。