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◇2019-11-20 (水)

志賀直哉旧居特別講座白樺サロンの会第7回《森鷗外と奈良 -帝室博物館総長としての為事-》を開催

  • 志賀直哉旧居特別講座白樺サロンの会第7回《森鷗外と奈良 -帝室博物館総長としての為事-》を開催

学園のセミナーハウス・志賀直哉旧居において、11月18日(月)、特別講座「白樺サロンの会」を開催しました。
第7回目となる今回は、講師の立命館大学文学部教授の瀧本和成先生をお迎えし、多彩な顔を持っていた森鴎外の生涯と、晩年まで務めた帝室博物館総長としての功績について学びました。

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1962年、津和野(現在の島根県)の御殿医の家系に生まれた森鴎外は、幼い頃から勉学の才を開花させ、東京大学医学部を卒業後、陸軍省に軍医として就職。念願のドイツ留学を果たしました。この体験は、後年の帝室博物館総長になって活かされることになります。
一方で、文学者としての創作活動も数度の中断を挟みながら生涯続けました。
鴎外は「文学は遊びである」と述べ、この鴎外の姿勢に魅力を感じたことが、瀧本先生が鴎外研究の道に進むきっかけとなったそうです。

ドイツを舞台にした初期、精力的に現代小説を書いた中期、江戸時代の歴史小説を著した後期、蘭学者の史伝(伝記)三部作を手がけた晩年期の4つの時期に渡って数多くの小説を生み出しました。そのほか随筆、翻訳、詩歌、戯曲、評論などあらゆる文学領域で活躍し、後世の日本文学を育てる土壌をつくりました。

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1917年に鴎外が帝室博物館総長に就任してどのように変わったか、資料をもとに調査すると興味深い事実がわかります。歳出が大幅に増加し、ヨーロッパ式の陳列台が導入されました。ドイツ留学時代に最先端の博物館に触れた影響と考えられます。観覧者のための列品目録をはじめ、学報などの刊行物は急激に増加しました。

また、正倉院宝庫内拝観資格の枠を拡張し、優れた学者たちの研究活動を後押ししました。鴎外自身も『正倉院楽器の調査報告』などの論文や、『博物館書目解題』(全12冊)、『博物館蔵書著者略伝』(全13冊)といった形で研究活動をまとめています。
学問の裾野を広げる鴎外の尽力は徐々に実を結び、1920年には観覧者数約405,000人を記録。この数字は戦後まで破られることはありませんでした。
瀧本先生は「研究者の仕事は、ひとつには論文を書くことですが、それ以外に研究対象に注釈や解題を加えて人々に広く解釈の手がかりを提供することや、埋もれた作品をライトアップすることがあるのではないかと思います」と講義を結ばれました。
質疑応答では参加者の皆様から鴎外の医学的な過ちや、北里柴三郎との複雑な人間関係などについて質問があり、ここでもまた鴎外の人間らしい一面が浮き彫りになりました。

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この日は秋が戻ってきたようにあたたかく、庭には陽が射していました。置かれていた立派な柿の実を見ると、鴎外が後世のために結実させた日本の文学や博物学の姿を見ているようです。

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