◇2019-07-16 (火)
7月15日(月)、奈良学園セミナーハウス・志賀直哉旧居にて、特別講座白樺サロンの会第3回「泉鏡花と〈奈良〉―『紫障子』を読む―」を開催しました。
講師は帝塚山大学文学部准教授の西尾元伸先生です。
講座の冒頭で西尾先生から、文学史において奈良に定住しながら執筆した作家は、志賀直哉以外にほとんど見当たらないそうです。奈良は観光や寺社仏閣を訪れる場所だというお話をしていただきました。それは現在でも、作家の世界だけではなく一般的にそうしたイメージが定着しているようです。
さて、泉鏡花が唯一、奈良を描いたものとして『紫障子』があります。この作品も、主人公が旅程の中で奈良を訪れたという想定で描かれています。
また、上方への旅を「おのぼり」と表現したり、近松門左衛門の『冥土の飛脚』の台詞をそのまま小説の中に引用したり、あるいは和歌の世界を匂わせたりもしています。一方では、当時の近代化の象徴であった鉄道やタクシー、バスも含めての近代都市風景を事細かに描いています。
つまり、この作品の特徴として、近代的な事項に古いモチーフを重ね、二重写しすることで、独特の世界を紡ぎ出しているのが、この小説の特徴であるとお話いただきました。
また、主人公である木菟(みみずく)が小説の中で体験したことは、泉鏡花自身が実際に体験したことに基づくものでもあります。さらには彼が主人公を演じていると同時に、小説の最後に作家自身が登場し論ずる場面もあります。三つの視点から書かれた表現を、読者に読ませるという構造となっています。
作家は、自身の中で空想する物語を小説化するものではなく、インプットされた体験や情報、知識を、小説という形に再構築してアウトプットするものであることを教えていただきました。
旧居の北庭の池には、お盆の時期に合わすごとくハスの花が咲き始めています。ハスは仏教の世界だけではなく、世界中の多くの宗教において、あの世に咲く花であるという伝説があります。
泉鏡花が執筆を通して描き出す世界も、この世の情景とあの世の情景の重なる夢うつつな情景の中で繰り広げられています。これが幻想文学の先駆者と言われる所以ですね。