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◇2019-06-18 (火)

志賀直哉旧居特別講座 白樺サロンの会第2回《終戦と美術-藤田嗣治と住喜与志の戦後》を開催

  • 志賀直哉旧居特別講座 白樺サロンの会第2回《終戦と美術-藤田嗣治と住喜与志の戦後》を開催

6月17日(月)、学園のセミナーハウス・志賀直哉旧居において「白樺サロンの会(今期第2回目)」が、講師に美術史家で愛知美術館学芸員の平瀬礼太先生をお招きし、「終戦と美術-藤田嗣治と住喜与志の戦後」をテーマに行われました。


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フランスで活躍していた藤田嗣治の戦中戦後にわたる彼の動向と発言を追いながら、同時代に彼の動向に間接的に関わっていた住喜与志という人物についてのお話をしていただきました。


藤田嗣治は、パリではパブロ・ピカソなどとも親交し、モンパルナスでアトリエを構える著名な画家として活躍していましたが、第二次世界大戦最中、ドイツ軍が迫るパリを仕方なく離れ、帰国した後のお話です。
彼は小磯良平らと共に従軍画家として活躍することになったそうです。
その時期に、彼らが描いたいわゆる戦争画を、全国で展示する「大東亜戦争美術展」、後の「聖戦美術展」を開催していたのが、当時、朝日新聞営業部に所属していた住喜与志でした。


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藤田嗣治は、従軍画家として「私の絵が動機となって軍人さんが立派な手柄を立ててくださったなんて...(中略)...私は画家として非常にうれしいです」と発言しています。
従軍画家としての熱の入れ様は、父親が軍人だった影響もあると言われています。しかし、彼の戦闘風景は、実際見たことを描いた絵ではなく、想像の上で描画されたものがほとんどで、暗に戦争の悲惨さを伝えようとした反戦的な要素を持った絵であると評されることもあるそうです。

戦後、藤田嗣治は、多くの従軍画家と同じく、戦争を煽った戦犯の疑いを持たれ、同時に住喜与志もメディアから「反動的ファッショ的商社陸軍美術協会の組織者」と評されました。
その後、藤田嗣治はアメリカへの滞在から最終的にはパリに戻り、生涯を過ごすことになります。また住喜与志の後の動向については、断片的な情報が残っているだけだそうです。


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志賀直哉旧居の北庭の池の淵には、花菖蒲が2度目の満開を迎えています。藤田嗣治が活躍した少し前の時代、パリではパリ万博で日本庭園の美に感化された印象派画家たちが、盛んにアヤメのある風景を描いています。淡い紫の花弁が揺れながら、次の季節、次の時代を見守っているかのようです。

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