◇2016-02-08 (月)
本学園のセミナーハウス・志賀直哉旧居において、「古典講座」後期第4回目が行われました。この講座の題材は西行。講師は元奈良学園高校教諭・吉村治彦先生です。
今回のテーマは「西行の"数奇/終焉"」。69歳という高齢で陸奥へ向かった際に詠んだ歌が取り上げられました。西行はなぜ、陸奥へ向かったのでしょう。それは、重源上人の依頼で、奥州・藤原秀衡へ東大寺再興のための資金の融通を依頼するという役目を果たすためでした。先生は、南都焼き討ちがあったころにさかのぼって当時の様子を解説。途中、源義経と西行が出会っていたのかもしれないといった興味深いお話もあり、受講生の皆さんもうなづきながら聞いておられました。
風になびく富士のけぶりの空に消えて 行方も知らぬ我が思い哉(西行法師家集85)
東国へ向かう西行が、富士山を眺めながら詠んだ歌です。慈円の『拾玉集』によれば、西行自身が自讃歌の第一に挙げたとされるこの歌を、先生は白洲正子氏による『西行』を引用しつつ読み解かれました。氏は、西行の陸奥行きの動機を「数寄」だと言い切り、それをもっとも理解していたのは、500年の歳月を経て登場する松尾芭蕉だと述べました。
講座では、当時流行していた「歌合」も紹介されました。先生の軽妙な解説に、旧居の台所は笑いに包まれました。
まだまだ寒い日が続きますが、早春の青空の下で水仙がそっと花を咲かせています。