◇2014-09-30 (火)
本学園のセミナーハウスである志賀直哉旧居で秋期特別講座「白樺サロンの会~高畑サロン、ふたたび~」第5回を開催しました。この講座は、この地の芸術や文学に残る貴重な遺産を継承するために発会した"白樺サロンの会"の会員を講師に迎え開かれるものです。本日は、同志社女子大学教授の生井知子先生に「志賀文学の技巧を探る―『剃刀』『城の崎にて』中心に」と題し講義を行っていただきました。
生井先生は日本近代文学の研究者で、白樺派、とりわけ志賀直哉研究には造詣が深く、北森貞次館長から「志賀文学をズバッと突いた興味深い講義がお聞きになれると思います」と紹介がありました。
先生は「今日は、"小説の神様"と称される志賀直哉ですが、そのうまさを実感していきましょう」と話されて、志賀がたくさん残していた草稿を基に『剃刀』と『城の崎にて』の技巧を探っていきました。
はじめに、映画と小説に言及し、「主人公一人でも成立し、情報を小出しにするなどの操作、さりげない言葉一つで読者の想像力を刺激し、世界を構築させることができるのが小説」と、演劇の例も出しながら説明がありました。
そして、志賀が27歳の時に発表した『剃刀』(明治43年6月『白樺』)の草稿で、明治42年9月30日から書き始めた『人間の行為(A)』『人間の行為(B)』『殺人』の3つを比較されました。不要な部分をそぎ落とし、重要な心理描写を加えるという作業を繰り返すことで、推敲の都度、文章が簡潔になり、磨かれていく過程がよくわかるものでした。
次に志賀が34歳のときの作品『城の崎にて』(大正6年5月『白樺』)についても、大正3年に書かれた草稿『いのち』と比較していきました。自身の事故体験(大正2年、山手線の電車にはねられる)後、療養先である「城崎温泉」で蜂や鼠(ねずみ)、いもりの死について書きますが、城崎を"死"について考えるのにふさわしい地として<異郷訪問観>で描いた作品だということです。
先生は「現実に基づきますが、それを超えた象徴に高められています。『剃刀』は足し算、『城の崎にて』は引き算の作品です。志賀のこんな苦労があるからすごいということがわかって、作品を読んでいただけたらと思います」と締めくくられました。
講義後、受講生は「易しい言葉で読み手の想像力をたくましくしてくれるような文章ほど高等だ、とはよく言われますが、志賀文学が、ここまで推敲に推敲を重ねた末の文章なんだということが、草稿を読み比べることによってよくわかりました」「草稿から完成作品までをこんなに丁寧に比較説明いただいたのは初めてです。良かったです」と話されていました。
次回は相愛大学教授の石川玲子先生による「英国モダニズム作家ヴァージニア・ウルフとキャサリン・マンスフィールドの描くパーティ」です。旧居の南庭では白の不如帰(ホトトギス)がひそやかに咲き始めました。