◇2024-06-17 (月)
6月17日(月)、奈良学園セミナーハウス志賀直哉旧居にて特別講座「白樺サロンの会」を開催しました。
今回のテーマは、「夏目漱石『思い出す事など』―「三十分の死」がもたらしたもの―」です。講師には、奈良女子大学文学部准教授・吉川仁子先生をお迎えしました。
本日は夏目漱石が自らの闘病体験を記した随筆『思い出す事など』を読み解きながら、その時の状況や漱石自身の心情についてお話をしていただきました。
夏目漱石の作品は、一般的に前期三部作『三四郎』(1909年)・『それから』(1909年)・『門』(1910年)、 後期三部作は『彼岸過迄』(1912年)・『行人』(1912年)・『こころ』(1914年)に分けられています。
『思い出す事など』は、前期最後の『門』の連載終了後、胃潰瘍で入退院をし、さらに修善寺温泉での療養生活を続けていた間、朝日新聞に掲載された随筆だそうです。また、漱石はその時期に病状が重症化し、意識を失った経験(三十分の死の体験)を振り返り、「吾々の生命は意識の連続」であると述べています。
漱石自身はかつてスピリチュアリズムにも関心を寄せていましたが、十七節では「死は全くの無であって霊の存在の余地がなかった」ことを綴っているそうです。また、自分の病状が悪化する中で、身近な人々が次々と死去したり、大雨で東京の水害が多発している情報を知り、人生の生死について「風に聞け何れか先に散る木の葉」という句を十一節の中に記しているそうです。漱石はこの随筆の中で、自らの病の体験を通し、まわりの人々への深い優しさや感謝を語っているそうです。
講座が行われている旧食堂のサンルームに面した棚に、紫陽花(アジサイ)の花が一輪、生けられています。漱石を敬愛する志賀直哉は『城崎にて』の作品の中で、アジサイの花を観察し、その花が雨に打たれてしっとりと濡れる様子を描写しています。これは漱石と同じく彼が病気療養中に感じた孤独感や生の儚さを象徴していると考えられています。