◇2021-07-19 (月)
7月19日(月)、奈良学園セミナーハウス・志賀直哉旧居にて、特別講座白樺サロンの会第3回《泉鏡花の戯曲『天守物語』を読む》を開催しました。
講師は帝塚山大学文学部准教授の西尾元伸先生です。
泉鏡花の戯曲は台詞や衣装、舞台装飾などの見た目だけではなく、「音」を重要な演出要素として創作されたそうです。
『天守物語』では冒頭に女童(めのわらべ)たちによって童歌を合唱する場面が設けられています。観客はこの演出で、異界の世界へ導かれるような気持ちになるそうです。
妖怪の視点から人間界を観察する『天守物語』では、人間に対する妖怪たちの恨み辛みや、人間社会の不可解さについて語った台詞が各所に散りばめられています。
シナリオに織り込まれた妖怪の価値観と人間界の価値観の違いを先生と確認しながら一緒に読み解いていきました。
後半で主人公の天守夫人・富姫が人間である図書に恋心を抱きます。
殿から「微塵も知らない罪」のために、切腹を命ぜられた話を富姫が聞き、「私は貴方に未練がある」「切腹はいけません。ああ、是非もない。それでは私が・・・舌を嚙切ってあげましょう」と激しい恋心を告げる場面があります。
妖怪としての存在から、人間へと変わりつつある様子が如実に描かれています。
また泉鏡花はこの物語を通して、権力に基づく上下関係が原因で命を落としたり、人生を棒に振ってしまう人間の愚かしさを読者に示しているそうです。
『天守物語』には天守夫人・富姫の侍女五人が登場し、それぞれ桔梗(キキョウ)、女郎花(オミナエシ)、萩(ハギ)、葛(クズ)、撫子(ナデシコ)という秋の草花の名が付けられています。
彼女たちは五色の絹糸を地上に垂らし、白露を餌に「秋草を釣りますのでございますよ」と、まさに異界の様子に相応しい幻想的な場面が登場します。
侍女のひとりと同じ名のキキョウが、旧居の中庭に咲いています。
「永遠の愛」というお花言葉に相応しく、気品ある紫の花弁を真夏の陽光の中で、開花していました。