◇2015-09-14 (月)
本学園のセミナーハウス・志賀直哉旧居で、古典文学講座<西行>の第5回目がありました。今回のテーマは「西行と高野山」、講師は吉村治彦先生です。
31歳で入山し、63歳に伊勢へ行くまで西行が約30年間過ごした高野山時代は、歌僧西行がかたちづくられた時期と言えます。最初に地図を辿りながら、京の都から高野山へ入る東西の高野街道を確認しました。高野山は弘法大師空海が真言宗を開いた所。空海ゆかりの慈尊院や九度山をはじめ、高野山の二大聖地である壇上伽藍、奥之院、西行が起臥したと伝わる三昧堂などを紹介され、西行の出家後、尼となった妻と娘が住んだ天野の里、西行の出身地・紀の川など周辺地域にも触れられました。
吉村先生は「思ひおきし浅芽の露を分け入れば ただはつかなる鈴虫の聲」という西行の歌を紹介。これは京都・徳大寺でかつての主人を訪ねた時に詠んだ歌と思われますが、高野山の西行伝承に伴い、高野山の三昧堂に付随する歌として伝えられるようになったと指摘されました。
また西行が親交の深かった人とやりとりをした歌も紹介。「こととなく君恋わたる橋の上にあらそふものは月の影のみ」は、西行が出家前から親しかった西住へ贈った歌で、都に帰ってしまった西住を慕う気持ちを詠んでいると解説されました。西住の死後、大原の里に住む寂然とやりとりした10首も紹介。高野山に住む西行の歌はいずれも首句が"山深み"で始まり、寂然の返しは首尾がすべて"大原の里"で揃えられています。
次回の文学散歩で予定されている高野山がテーマとあって、参加者の方々は山内のマップを追いながら先生の話に興味深く耳を傾けていました。爽やかな秋晴れとなったこの日、旧居の庭ではヤブランが、清楚な藤色の穂を広げていました。