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◇2015-02-23 (月)

古典文学講座《古今和歌集》後期第4回を開催

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本学園のセミナーハウス・志賀直哉旧居で古典文学講座《古今和歌集》後期第4回を開催しました。講師に京都女子大学国文学科教授の西崎亨先生をお招きし、月1回のペースで『古今和歌集』を読み解いています。

本日は、【鶯の鳴くなるこゑは(巻第一春歌16)】と題して、「野辺ちかくいへゐしせれば鶯のなくなるこゑは朝な朝な聞く」の歌の、「は」(助詞)の意味する内容について、また「は」を「を」とした歌の意味合いになどについての考察でした。

先生は、『伊達本』『俊成本』の「なくなるこゑは」に対し、『元永本』は「なくなるこゑを」とあることを示し、「声は」と「声が」の場合の解釈の違いと、「なくなるこゑを」の「なる」についてその活用形による違いに言及されました。

以前取り上げられた「春が来た 春が来た どこに来た」の歌が「春は来た」だったらどう違うかを今一度例に挙げて説明されました。「は」の場合、「春は来た。だが何かが来ていない。何かが満たされない」ことを喚起しており、「鳴く声は」は、「鳴く声」だけで何か聞こえてこないものがある、「姿」が見えないことを表しているのです。

先生は、「山田さんは山本さんにカメラをくれた」という一文を例に、正しい助詞使いを問いかけたり、テレビドラマのせりふによる感情の違いを説明したりして「日本語は、助詞や助動詞が違うと、その状況や人間関係が全く変わってくるから、難しいけれど面白いのです」と話されました。

次に「鳴くなる声」の「なり」について、「男もすなる」と「するなり」を例に考察を進められました。「男もすなる=終止形+なり」は伝聞・推定、「するなり=連体形+なり」は断定です。が、「鳴くなる声」の「なる」は、聴覚によって推定する表現で伝聞推定ではなく「鳴く声」を表し、「なり」は音声を聞いて推定する表現「待ちわびて(やっと)鳴くなる」ということです。

先生はほかにも、上に付く言葉を強める「ぞ」と「なむ」について、上にわからない内容のことが付けられるのが「ぞ」で、知らないことは来ないのが「なむ」と説明、「か」と「や」についても同様に違いを示し、「いろいろな角度から丁寧に見ることによって、異なるものが見えてきます」と、言葉遣いの奥深さを強調して本日の講義を終えられました。

ここ数日の暖かさの影響で、旧居の庭では、馬酔木の花のつぼみがいっせいに膨らみ始めました。

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